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九州一周航海報告

別府BOYC Ramage
                             末岡多加志
                           ♪末岡 博美♪

 

5月4日別府を出航し、30日までの27日間で九州を一周した。天気にはあまり恵まれなかったが、延べ599.5マイルを航海して帰港できたので、その概要を報告する。

まず、春先より航海準備を行ったが、昨年の四国一周の経験からいくつか整理、追加して、下記の機材を準備した。

<準備>

1.航海用機材
アンカー4
ロープ
100mx2
摺れ防止
軽油 18lx3
チャート・港湾案内

日高レポート
沿岸潮汐表
連絡リスト
ハンディGPS
パソコンチャート
電池
天気図用紙
泊地紹介記事抜粋
ハンディVHFハム無線機
携帯電話・電池等各種充電器
デジカメ
懐中電灯
メガネ予備
ノート
ダイビング用ドライスーツ
マスク、ウエイト、フィン
梯子
セール補修キット
レーダーリフレクター
救命胴衣
ハーネス
レインギア
作業着

2.泊地生活用機材
発電機
電気ドリル
サンダー
発電機用ガソリン、潤滑油
名刺
テレビおよび室内アンテナ
3.船検備品など
ラジオ
コンパス
双眼鏡
信号火箭
携帯電話
船検証
チャート

4.食料・飲み物
レトルトご飯
カレー
無洗米
ガスコンロ、ボンベ
ビール、焼酎、ワイン
ラーメン、ソーメン
調味料
ガス冷蔵庫
水、お茶、ペットボトル
缶詰、コーヒー

5.健康
保険証
常備薬
バンドエイド
爪切り
寝袋
寝巻き用ジャージー上下
お風呂セット
洗面用具

洗剤
ピンチ、ハンガー

<5月4日 別府→姫島 35.2マイル>

別府出航              08:15
美濃崎    14.2 nm 10:20
空港       20.0 nm  11:00
国東       24.6 nm  12:10
姫島       35.2 nm  14:14

姫島までを約6時間の航海と想定し午後3時前後の到着を目指し、時間の余裕をもって出航する。
別府湾の上げ潮は0708分〜1128分で午前が湾内は逆潮、国東半島をかわし豊後水道に入ると午後の下げ潮に替ってしまい、午前と同様午後も逆潮の航行と思われる。
ハーバーの外では89mの風であったが、メインセールは2ポイントリーフで上げ、ジブはワーキングジブをセットする。視界不良になった場合に備えて、組み立て式のレーダーリフレクターを第一スプレッダーに上げる。機帆走で対地速度6ノット前後を保つようにエンジン出力を加減しながら航行する。
途中、美濃崎沖で2隻のヨットを視認する。一隻は、はるか沖を追い越して東の方向に去り、他は行き合い南に去っていく。
連休中なのでヨットとの出会いも多いと思われる。

姫島では港の赤灯台に南西よりアプローチし、姫島に面して左手一番奥の船溜まりの防風柵を設置した防波堤に横付けする。既に宇部の「奈々」が繋留しており、再会を喜ぶ。お借りした自転車とレンタサイクルで島の南端の温泉に行き、港に帰ってくると秋穂の「ブラックリバー」と、中津の艇が到着していた。他に一艇が反対側の船溜まりにある給油岸壁に横付けしていた。

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昨年の四国一周に気を良くして、当然のごとく主人の今年の航海計画の中に九州一周が描かれていたらしい。五月晴れの「青い海」、「青い空」を思い描き乍ら(安易な考えは見事に外れてしまうのだが・・)出航する。
1日目の姫島では連休でクルージングに来ていた宇部の土屋さんご夫妻の「奈々」に再会、秋穂の「ブラックリバー」も夕方入港し、谷内さん、松尾さん,土屋さんご夫妻といつもの「かのや」で刺身定食を肴に再会の祝杯をあげる。

        食事 かのや 0978-87-2870
        風呂 拍子水温泉 一人300円
              (火、木、土、日営業)
        給油 歩いて10分にガソリン
       スタンド
    トイレ 近くに公衆トイレ

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<5月5日 姫島→筑前大島 73.0マイル>

姫島出航                               05:30
門司田ノ浦沖        39.2 nm         12:30
筑前大島              73.0 nm         18:00

関門の潮は1323分〜1450分の短時間が日中の西流で、最大 0.8ノットの潮が1407分に生じる。

午後1時過ぎの西流に合わせ、関門まで約7時間と見込み、6時前に出航する。赤灯台近くに来て港外をみると白波が立っている。港内で船の出入りに邪魔にならないところでメインセールを2ポイントであげる。南の風で追い波を伴ったランニングになる。オートパイロットでは保針が難しいのでコンパス進路を300゜に保つように手引きで航行する。パソコン関係の給電に必要なので、エンジンは最低限の推力を出す程度にセットして機帆走で走る。
時々、パソコンで進路および位置確認をしながら航行するが、突然、中津沖でパソコンのカーソルが暴走を開始し、チャートソフトがフリーズするトラブルが発生する。再起動しても復元しない。起動時にcomポートのGPS入力が内部シリアスバスに邪魔をしているかもしれないと当りをつけ、これを外して再起動しパソコンシステムが落ち着いてからGPSを繋ぐことでとりあえず正常に戻り、航行を継続する。船内取り付けのGPSチャートプロッター・魚探装置に組み込まれている地図は瀬戸内海西部中心の地図で、南九州は入っていない。長崎から宮崎まではパソコンの電子チャートが頼りである。

万一、パソコンが故障した場合は海図とハンディGPSで航海することになるが、現時点でのパソコンの不安定な動作は一抹の不安材料である。

適度な追い風のおかげで予定よりレグを稼げ、西流になる前に関門の入り口の田ノ浦港前に到着する。メインを下ろして1ノットの逆潮の関門海峡にはいる。


連休のイベントとして、門司港レトロでは帆船海王丸が一般公開をしており、多数の見学者が船上や波止場に蝟集していた。あわよくば門司港レトロで一泊とも考えていたが、とても泊められる雰囲気ではなくレグを先に伸ばす。

門司の大里側を過ぎるころより、東の風に変わる。高気圧が東に去り気圧の谷が近づく天気図が目に浮かぶ。天気は下り坂で、筑前大島で天気待ちもありえると覚悟する。

13時半前後の小倉沖では東の風6m、若松沖では風車群は皆揃って東を向いているのが見える。東の風なら晴れてなくても追い波の程度にもよるが玄界灘を西行することはできる。しかし、芦屋沖を過ぎるころ、西の風67mに反転する。新しい高気圧の勢力範囲に入りつつある。西、あるいは北西の吹き出しがあると玄界灘は荒れ、どこかで天候の回復待ちをせざるを得なくなりそうである。

筑前大島の手前で1隻のヨットが追い抜いていった。倉良瀬戸の浅瀬や網を交わすのに時間がかかり筑前大島に日暮れ近く到着する。新しいフェリー乗り場のある船溜の岸壁に繋留する。追い抜いていったのは姫島で一緒だった長崎の「Sea Bird」で、これと並んで岸壁に横付けする。8日間で長崎からここまで九州を反時計回りで回り、明日は平戸を目指すとのことである。場合によっては、また、同じ桟橋に舫うことになるかもしれない。

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筑前大島では、楽しみしていた温泉施設「さざなみ館」が営業中止になっていて、温泉と大島牛は夢まぼろしになってしまい、ありあわせの野菜とベーコンでポトフとサラダを作り夕食を食べる。

隣に舫っていた長崎の「Sea Bird」のオーナー・クルーの方に九州一周の情報を伺う。

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<5月6日 筑前大島→博多 14.7マイル>

筑前大島出航              5:30
博多       14.7 nm         11:30
呼子       36.2 nm        
平戸       54.9 nm
当初、平戸を目指し,海況によっては呼子と想定して早朝に出発したが、西風、向かい波が次第に激しくなり、呼子もあきらめて博多の小戸に入ることにした。同じ頃筑前大島を出た「Sea Bird」がはるか沖を西に向けて走っている白いセールが見え隠れする。沖でも波が高いようである。

博多の入り口の玄海島付近で1415mの風、湾入り口では陸地で絞られた南風が吹き出し、最大25.3mの瞬間風速を記録する。この時化の中、今津浜沖では多数のディンギーが風に倒されながら走っている。後で聞くと「ドンタクレガッタ」を開催していたとのことであった。

小戸ハーバーに連絡を取り、バース借用を依頼する。

  小戸ハーバー 092-885-2288
   ・バース使用料  \2900/日
    ・陸電なし
    ・水道使用料  \400/回

繋留および入港手続きを終えて一息入れていると、大分の仲間より電話があり、福岡に家族で来ているのでこれから訪ねてくれるとのことである。差し入れの新鮮なパンもさることながらその親切が嬉しく有難い。さらに、以前ハーバーの目の前にあったガソリンスタンドが廃業したため、軽油補充に国道沿いまで歩いて行かなければならないと思っていたが、事情を話し、車に同乗させてもらいガソリンスタンドまでベンツで軽油を買いに行くことができ、大助かりであった。

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強風、高波のため、平戸までのレグを諦め博多の小戸ハーバーに入る。疲れ果てていたところへたまたま博多に来ていた大須賀さんご夫妻が私の大好物三越ジヨアンのパンを大量に差し入れて下さる。

一ヶ月のお別れと出てきたばかりなのに三日目にして再会とは・・・嬉しいやら、悲しいやら、複雑な気持ち・・

   小戸ハーバー 一日2900円
   風呂 ハーバー内のコインシャワー
          (1分100円)
   給油 歩いて15分位
   買い物 すぐ前に
      スーパー「コーナン」
   コインランドリー 歩いて10分位
           (姪浜駅に向かう途中)
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<5月7日 博多待機>

天候回復待ちをする。水使用を\400支払ってお願いし、専用のホースを借りて清水を補給する。潮抜き用の水があるのでドライスーツで潜り、気になっていたプロペラの清掃をする。水がホースで使えるところしかドライのジッパーを洗えないので姫島、筑前大島では割愛していた。なるべくワッチをして藻を避けて航行したつもりでも結構プロペラに藻が巻いていた。

夕方、「来夏U」の日高夫妻が訪ねて来てくれ、ペットボトルに入った清水のパックや新鮮な青果物を頂く。何でも、昨年のクルージングでこれを頂き大変重宝したのでお持ちしたとのこと。有難く頂く。また、車で近くの温泉に連れて行ってもらい汗を流す。買い物、軽油も車で行こうと言って頂いたが、とりあえず不足はないのでお風呂と夕食をご一緒させて頂いた。

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実は、小戸ハーバーの近くの興徳寺に末岡のお墓があり、航海の無事を祈って墓参りに行く(クルージングの途中で墓参りなんて・・・またまた複雑な気持ち)

夕方、昨年ご夫妻で九州一周をした「来夏U」の日高さんご夫妻が差し入れをたくさん持って訪ねてくださる。

さすがクルージングのベテラン、ほうれん草、ブロッコリー、アスパラなどを茹でたものや、トマト、果物、水などクルージングで不足しがちなものを頂きとても有難かった。

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         <5月8日  博多待機>
近くの公園の岬で博多湾を見ると多少風はあるが、何とか走れるかと思い、出航する。ハーバーをでると北風がまともに吹き付ける。能古島を抜けると、本船が沖泊めしている。湾口正面よりウネリも入りはじめパンチングが連続し始める。この風だと玄界灘では北からのウネリがひどいと予想され、今日の出航を見合し小戸に戻る。

この日、出航前にパソコンの液晶画面が暗くなり、透かすと画面は表示している。背照用の蛍光灯が切れている。パソコン自体は動作しているので、懐中電灯を照らしてその反射で見えないこともないが、平戸を越えた南に行くとGPSプロッター・魚探装置に内蔵しているの地図が切れてしまう。中津沖での不安が現実のものとなる。

昼近くなると天気も小康状態となり街を歩きまわれる状態になって来たので、博多の街でパソコンの回復を図る。

天神近くに行けば何とか中古のパソコンが手に入ると思い、天神のいくつかの案内所で問い合わせるが適当な店がない。イエローページを探すと、勝手の分かった「アプライド」がある。ここにタクシーで乗り付ける。
        ・液晶モニター
        ・クロスLANケーブル
        ・win98seインストールのノートパソコン
を購入する。

システムディスクや地図ディスクを持ってきていないので、クロスLANで地図データをコピーしようとしたが、windowsのシステムが異なると簡単に共有LANを認識しない。購入したノートをXPにできればコピーが簡単にできるが仕方がない。このため、元のパソコンは液晶画面表示の他は問題なく動いているので、これ以上深追いしすぎて壊してしまうことがないよう大事を取り、外付けの液晶モニターを付加して当面対処することにする。

しかし、この先長いことを考えるともう1台予備が欲しい。ヘルプを別府に出す。一言快諾、平戸まで予備のパソコンおよび必要なソフトを別府から持ってきてあげるとの力強い返事を頂く。しかし、それではあまりに申し訳ないので、暫く福岡に滞在してここまで必要なソフトを持ってきてもらうか、郵送してもらおうとも考えた。あるいは、大分にいったん帰り必要な機材を持ってくることも検討した。結局、最も迷惑をかけず、また、手間もかからないのは、長崎まで、家にあるディスクファイルを郵送してもらうことと思い至り、改めてお礼と共に事情を述べて、直前に頼んだお手数をおかけする件を謝絶した。

長崎の出島ハーバー宛にcd-romファイル1式を郵送してもらうように手配をして、旧パソコンに液晶モニターを外付けして使えるように構成を変更する。まず、AC電源容量が不足するので、近くのDIY300W仕様の2口出力のコンバータを購入する。外部VGA出力を液晶モニターに入れてこれらが船の動揺で暴れないように固定し、配線まわりを整理する。

このコンバータが意外な働きをすることに使用していて気がついた。電池のみで液晶モニターとパソコンを起動すると電池側の容量不足でアラームがなる。しかし、エンジンを起動したフローティング状態ではアラームは出ない。ところがたまにフローティング状態でもアラームが出ることがあり、調べてみるとエンジンキーの接触不良が時折あることが分かった。帰ったら早速修理交換する必要がある。

<5月9日博多→平戸   40.2マイル>

博多出航              06:10
呼子沖    22.5 nm         10:30
平戸       40.2 nm         14:00
6〜7時間の航海の見込みを立て、6時に出航する。博多湾内の視界は45マイル前後、玄海島が辛うじて視認できる位である。南東の風810m、のクオーターランで航行を開始するが次第に東に風が回る。南にあった高気圧が東に抜け、次の低気圧が近づく前兆である。平戸あるいは呼子で天気待ちが予想される。

呼子に近づく頃はランニングになり追い波に当て舵をしながらの手引きになる。靄がひどくなったのと、港の前で一旦セールダウンし、港を出てまた上げるのも面倒であるので、呼子港に入らず、前の加部島の沖をかわした回り道を取る。島をかわし針路を南西に取ると暫くは岬の影で波が収まりオートパイロットでクォータないしランニングで航行する。しかし、平戸に近づくにつれて波が立ち上がり、手引きに戻る。





東北東から北東の風なので後でジャイブをしなくて良いように詰め上がりを抑えつつ、風下側にと手引きしていたためか、平戸のかなり東側にアプローチしていた。靄で水平線がようやく見える程度視界の中、平戸沖にランドフォール、城を目印に、その下にある市営桟橋につける。右側にフェリーとも遊覧船ともつかない船が泊まっている。その他は桟橋は空いているので、左側の奥に横付けをする。

一息入れて、軽油を補充し、エンジン周りの点検を行う。水道が手配できないのでプロペラ点検に潜ることは中止する。前線通過を予想して、雨対策、増し舫いを取る。

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天気予報や海の状況はあまり良くはなかったが,追っ手の風に乗り割とスムーズに平戸に到着する。

便利の良いところに桟橋があり、早速町の散策をする。松浦藩の城下町だが,至る所に南蛮文化が残っていて平戸城、お寺、教会が不思議と溶け合っている静かな美しい町だった。

 風呂 ホテル旗松亭 一人600円
 買い物 近くにスーパー2軒
 コインランドリー 歩いて10分位
 水、トイレ 公園かバスターミナル

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<5月10日 平戸待機>

午前中に前線が通過する。雨上がりの桟橋に出ると柱に張り紙がしてあるのに初めて気づく。「繋留艇は平戸市水産課に届出が必要」と記載されている。電話連絡すると何人かの担当を回り、結局桟橋の近くの「観光案内所」に出向き「繋留届」を提出するようにとの指示である。現在はポンツーンへの繋留は管理されていない様であるが、いずれどこかで管理するようになるかもしれない。その場合に前もって連絡すると繋留場所が予約できるような仕組みになれば有難いと思う。

        平戸市役所水産課        0950-22-4111

<5月11日 平戸→長崎  49.5マイル>

平戸出航                                   07:45
佐世保沖               19.6 nm         10:40
サンセットマリーナ沖   44.5 nm         14:30
長崎出島                      49.5 nm         15:30

平戸海峡の南流のゲートは0836分〜1538分で最大4.1ノットの南西流が1154分に生じる。この潮にあわせるため、出航を8時前にする。平戸大橋の近くで北東の風14.5m、フリーで走る。

平戸島を抜けるころ、水平線が靄で見えなくなる。視界はまだ保っているが、念のため、レーダを働かせる。すぐ後ろに漁船が同一方向に走っているのをレーダーと目視で確認する。幸い、佐世保沖近くになると水平線が見え出すほどに視界が回復し、長崎のサンセットマリーナ沖では次第に晴れ間も見えるようになった。

長崎湾入り口近くで、ヨット仲間より連絡がある。聞くと、長崎に仕事できて、その寸暇を見つけ、湾内観光をしているとのこと、近くの黄色の丸っこい観光船のデッキ上で手を振っているのが見える。1時間近く走って出島ハーバーに舫うとポンツーン出向かえてくれ奇遇を喜びあう。

ポンツーンの出口のすぐ近くにある事務所でゲスト登録をするとカードキーを発行してくれる。夜間でもこのキーでポンツーンの入り口のゲートを開くことができる。

一度登録すると何度も使用可能とのことである。
    出島ハーバー        095-818-2370
    ・カード登録料        \500
  
 ・バース使用料        \2100/日
   ・水道、陸電使用料含む

 

市内の繁華街の中央に位置する出島と指呼の間にある出島ハーバーは泊地生活するには至便の所である。ポンツーンの前は出島ワーフのウオーターフロントで各種レストランが立ち並び、夜遅くまで人通りが絶えない。ヨットからポンツーンに降りるにも人目が気になるところである。また、夜10時までは引き波があり、時には思わぬ大きな引き波に驚かされる。

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久しぶりに太陽がのぞき長崎まで快適なクルージング日和になる。

女神大橋の下を通り出島ハーバーに入るとたまたま出張できていた「天開図画楼」の松原さんが訪ねてくださり奇遇と再会を祝って乾杯!!

出島ハーバーはフェリーなどの引き波がすごいと評判が悪かったが、夜10時を過ぎる頃から静かになり、ワーフの店から聞こえてくるジャズを聴き乍ら、稲佐山の夜景を見て飲むワインはこのロケーションならでは最高の味だった。
  出島ハーバー 12100 
  
風呂 銭湯「日栄湯」一人300                 (孔子廟の近く)
   コインランドー 市電「五島町」近く    買い物 大型スーパー 夢彩都 
   
トイレ 出島ワーフ内

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<5月12日 長崎待機>
昨日、水道が手配できたので、早速もぐろうとすると、近くの港湾係りがダイビングにうるさいので、早朝か夕方がよいとの助言を受けた。このため今朝まだ余り人が出でいないときにプロペラの清掃をする。スーツの潮抜き後の乾燥もなるべく目立たないようにコクピット寝かせて行った。港湾係りは、その目的を危険防止とも、環境保全とも主張しているとのことである。

午前中に、頼んでおいたパソコンソフトが事務所に届いたので新しいパソコンをXPにアップグレードし地図ソフトをインストールする。GPSで長崎の出島を表示することまで確認し予備として仕舞って置く。一晩寝てみて分かったことは引き波にゆすられると意外と舫いロープのキシリ音が大きいことである。そこで時化繋ぎ用に持ってきた20mmの太めのロープに代え、さらにフェアリーダーに摺れ止めを巻いてみる。だいぶ軽減できるがそれでも時折キシリ音が気になる。

<5月13日 長崎待機>
午後近くになり天気が回復してきたので、浦上方面に出向く。浦上天主堂では葬儀が執り行われていてので、中に入ることは差し控え周りを周るにとどめ、雨上がりの平和公園付近など散策する。

地元の人が行列をする眼鏡橋付近の「共楽園」で長崎ちゃんぽんを食べ、ドトールでコーヒーを楽しみ、コインランドリーで洗濯をする。

清水タンクを補充して、ホースを収納し、携帯電話電池等を充電し、陸電装置を早めに返却して、翌日の出航に備える。

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今、長崎では「さるく博」(ぶらぶら歩くと言う意味)が開催されていて(4/110/29)、土曜日のせいか観光地図を持った、いかにもそれらしい人達をたくさん見かけた。私達も運動不足解消に、昨日、今日と「平和公園」,「浦上天主堂」、「思案橋」、「オランダ坂」,「大浦天主堂」、「中華街」を歩く。いつ来ても活気があり元気がもらえる町だ。

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<5月14日 長崎→口之津 40.7マイル>

長崎出航                      06:30
野母岬沖     12.8 nm         09:30
口之津        40.7 nm         15:30
早崎の瀬戸の東流れは 1555分〜2228 で最大5.8ノットの東流が1904分に生じる。

張り出してきた高気圧の縁からの北西の風を受けランニングで野母岬を目指す。途中軍艦島の近くを走る。島の瀬に多数の釣り船が集まっており、その間を縫って南に走る。

野母岬をかわした後、進路を東にとりクオーターランで橘湾に入る。湾の中ごろで風が凪ぐ、天候急変もありえるので、念のため洋上でタンクを満タンにしておく。あまり早く島原半島についても早崎の瀬戸で潮待ちすることになるので風任せの帆走を暫く楽しむ。昼過ぎには南東の風45mに変わり片詰めの機帆走で口之津にアプローチする。

島原半島が見え出す頃、島原ヨットクラブの山本龍信さんに前もって連絡をとり繋留場所などを教えていただく。口之津港の赤いフェリー桟橋の左に青い桟橋があり、その手前の斜路側につける旨指示される。近づくと桟橋の上で待っていてくれ舫いを取っていただく。繋留後、近くの温泉まで車で案内していただき、大変助かった。
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野母岬をかわすまでは風が強かったが、どうしても「軍艦島」をそばで見たかったので近づいてもらう。かつて海底炭鉱の人口島として栄えた島だが島全体が廃墟となり映画のセットでも見ているようだった。口の津は舫った桟橋近くにクルージングに必要なものはすべて揃っていて、天候を気にしなければ2,3日のんびりしたい所。

地元の山本さんにとても親切にしていただく。

 風呂 口に津国民年金保養センター   (一人350円)
 給油 桟橋のすぐ前にガソリンスタンド
 買い物 歩いて5分にスーパー
 
コインランドリー 歩いて10分位

  水、トイレ 桟橋の隣が公園

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<5月15日 口之津→御所浦 20.8マイル>

口之津出航                         07:00
本渡港               8.6 nm          09:00
本渡瀬戸出         13.4 nm        09:45
御所浦               20.8 nm         11:30

この日の八代海は0939分に3.5mの満潮を迎える。満潮前に本渡の瀬戸を渡るように7時に出航した。

早崎の瀬戸には潮目が数多くあり、至る所に藻が溜まっている。安全運航にワッチが欠かせない。瀬戸の入り口でセールダウンし機走ではいる。大橋の向こう側に「昇開橋」があり、常時人が監視していて船が来ると橋を上げて陸上の交通を止め、船を通す。船が近づくと橋が昇り電光表示板に「H.W.Lより10.7m」と表示してある。この高さではヨットは通れないのでスピードを落として帰りかけると、さらに橋が昇り「H.W.Lより17.0m」と表示が変わる。これなら十分である。橋の両端のたもとに人や自転車が船の通過を待っているので、なんとなく気ぜわしくエンジンをふかし気味で通り抜ける。

瀬戸の中は狭いので水深計を常時ワッチしながら走る。何人かの助言に共通しているのは「とにかく真ん中を入れ」ということで、海上タクシーがスピードを緩めずに近づいてくるがこれに惑わされず針路を保っていく。また。水路の入り口と出口が要注意とのことである。

瀬戸を抜けると八代海である。フェリーや流れ藻を避けながら航行する。追い越していった御所浦行きのフェリーの後を追従して昼過ぎ御所浦の赤灯台をかわす。繋留場所は料理屋「松苑」の前が便利と、何人かの仲間が薦めてくれていたので、港の入り口で「松苑」に連絡を取り、廃船に横付けを依頼する。廃船の前に水道があるので、潜ってプロペラや船底を調べる。

 松苑(しょうえん) 0969-67-2433

御所浦は「恐竜の島」とも言われている。この島で化石がいくつか発掘され、その中に恐竜の化石もあることから町おこしに活用しているようである。たとえば、「松苑」から少し上った道のカーブの所に小岩が露出している場所がある。ここを少し探すと貝の化石を含んだ小岩を見つけることができる。この他にも、何種類かの化石が島のあちこちで発掘されており、化石採取ツアーなども実施している。このため、フェリー乗り場には恐竜の看板が立ててあり、化石博物館も近くにある。

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天草に入るのに3つのルートを考えていたが、日高さんや口之津の山本さんのお勧めもあり、私達も興味があったので本渡の瀬戸を渡ることにする。

幅が狭い上に海上タクシーが猛スピードで行き来している。途中私達の為だけに橋が上がる「昇開橋」には感激して何枚も写真を取る。

御所浦では料理屋「松苑」さんのポンツーンに舫う。ご主人はじめ皆さん親切で私たちのためにお風呂にお湯を入れて下さろうとしたが、申し訳ないので丁寧におことわりしてシャワーだけをおかりした。

今日はちょっとしたトラブルがあったり、デジカメが壊れてせっかくの写真が全部消えたりと気落ちする一日だったが、「松苑」で頂いた「にぎり寿司」、「あら煮」のおいしさに元気を取り戻した。

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<5月16日 御所浦→野間池 64.1マイル>

御所浦出航                       05:30
黒の瀬戸          16.4 nm         08:10
串木野沖          45.0 nm         13:00
野間池             64.1 nm         15:30

串木野を目指すが、天候の悪化が予想されるのでできれば野間池までと想定して出航する。まずは八代海を出る近道に「黒の瀬戸」があるのでこれを通過する。黒の瀬戸の潮流は長島海峡を基準にしてその改正値は、転流時-110 最速時 -120分 流速倍率 南流で1.5となっている。これで改正すると、南流のゲートは0831分〜1509分で、 最大流速5.2ノットが1201分に生じる。

黒の瀬戸まで3時間と見て0530分に小雨の中航海灯を点けて機走で出航する。黒の瀬戸を抜けるあたりで雨もやみ、2ポイントでメインセールのみ上げて北風を受けフリーの機帆走で距離を稼ぐ。

青い海、青い空とは行かないものの、順調に阿久根、串木野を過ぎ昼過ぎには野間岬をランドフォールする。

野間池港への北からのアプローチは風車10基が立ち並ぶ野間岬の前にある、特徴的な三角形の「米島」が最初の良い目印になる。これを右に見て風車の根元を目指してアプローチすると三角のテトラポットの一文字防波堤が正面に立ちふさがる。現在も工事中で灯標もあまり明確ではないが、この一文字防波堤の左端をかわすと野間港への入り口の赤と緑の浮標が見えてくる。水路に入るとすぐに左側に立派な新しい建物が見えてくる。この手前の浅瀬に注意してさらに入っていくと桟橋が見える。これが笠沙恵比寿の桟橋である。笠沙恵比寿には宿泊施設、温泉、レストラン、居酒屋ならびにビジターバースが整っている。

ビジターバースの横には「垂乳根」号や元コンテッサ号の「玄洋」号が錨泊している。ヨットに理解のあるところである。


    沙恵比寿        0993-59-5020
    フロア担当  仮山常雄マネージャ
    設備担当    宮城元貴マネージャ

着く前に予め二人のどちらかに連絡をしておくと親切にアプローチを指示してくれる。繋留費用は初日\2000で、その後は\1000/日になる。陸電、水道の費用はは繋留費に含まれている。これでオーナーは風呂を無料で利用できる。クルーは別途風呂利用代金を支払う必要がある。

舫いを取ってほっとしていると、2隻のヨットが到着し、既に舫っている船に横付けをしている。長崎の「コスモス」と「アルバトロスK1」である。舫いを取るお手伝いをしているとその中の一人は姫島、筑前大島でご一緒した「長崎サンセットマリーナ」の方である。筑前大島でのお話で、長崎に帰ると早速南に行く予定があるとのことであったが、これがそのフリートで、屋久島にクルージングに行った帰りとのことである。思いかけず知らない土地で知った顔に巡り会え、話が弾む。

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八代海を出て甑海峡に入ったところでイルカの大群と出遭う。海の色が真っ黒に見えるほどの数で何頭かヨットの周りを取り囲んで暫く一緒に走ってくれた。不思議なことに気落ちしているときに何回かイルカに出遭いそのたびに励まされ元気をもらう。

野間池港の「笠沙恵比寿」は町が経営する第三セクターの宿泊施設で、温泉、レストラン、海に関する博物館などがあり、スタッフも皆若く親切。専用のポンツーンがありちょっとしたリゾート気分だ。レストランの食事も格安で、特に魚がとびきりおいしい。杜氏の町として知られた笠沙の焼酎が何杯もいけた。

 笠沙恵比寿 一日目(陸電・水道含)2000円       二日目から1000円
 
風呂 オーナー無料、クルー1回300円
  施設使用料 オーナー無料,クルー300円
  洗濯 洗濯機 1回300円
    乾燥機なし
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<5月17日 野間池待機>

前線が2度通過する。終日驟雨である。暫く腰をすえて滞在するつもりで、陸電と水道を引いてもらう。
天気予報では台風1号がフィリピンを抜け南シナ海に入り中国大陸に向かうとの予想である。ここで台風の通過待ちしようと腹をくくる。

<5月18日 野間池待機>

長崎のフリートは台風を避けて北帰行を急ぎ、早朝に出航する。午後暫時晴れてきたとき、近くの小学校の生徒が写生に桟橋に訪れた。ヨットを見たい生徒を中に案内する。良く躾けられた行儀のよい生徒達で話していて何かしてあげたくなり「チョコレートを食べるか」と言ったら「授業中なので食べません」との返事であった。このことを後で引率の先生に話すと先生も喜び、みなの前で生徒達を褒めていた。
ホテルの主宰する「エコツアー」に参加し、付近を見物する。明治時代一世を風靡した薩摩焼酎の杜氏が野間池近くの「黒瀬」地区から輩出したのを記念して作られた「黒瀬の杜氏記念館」に案内された。昔の焼酎作りの機材や、秘伝の麹仕込みの手書きメモなど多数展示してあり、中で限定ものの焼酎を販売している。
往復の途中で海を車窓より見ると穏やかに凪いでいて、これなら「山川」に行けたのではないかと感じた。日のあるうちに船底掃除のダイビングをし、潮抜きをして乾かしていると、以前大阪でヨットに乗っていたが、現在は地元に帰りルアー船「海援」で釣り船をしている「中村徳志」さんが来訪してくれ、色々と海の話や、笠沙恵比寿のことを話してくれた。夕方になると魚を持ってきてあげると言って一旦帰り地元の漁師さんより大きな「しぶ鯛」をもらって来てくれた。早速、刺身にしあらはお澄ましにして一緒に頂く。アンカーやロープの購入方法も含め、気になる台風対策について相談すると、「アンカーやロープは貸してあげるので、わざわざ枕崎まで買いに行くことはない」また、「船に積んでいる10kg前後のアンカーでは何の足しにもならないから40kgの漁船用のアンカー打ってあげるから何の心配のしないでよい」と言われ、安心するとともにその親切に感激する。凪いだ海を見たときは山川に行こうかと思ったが、無理をして知らない土地で時化繋ぎの機材の調達からの苦労を考えると、ここでみんなのお世話になったほうが何倍も安心である。

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台風1号がUターンして影響を受けそうなので落ち着くまで笠沙に滞在することにする。
ここは台風がなくてもずっと居着きたい位のところだ。午前中は近くの笠沙小学校の子供たちがスケッチに来てヨットの中を見学していく。全校生徒12名で皆礼儀正しくかわいい子供たちと話していると私達も童心に戻る。
また、今日は地元の漁師さん「中村さん」が訪ねてきてくださり、楽しい話を一杯聞かせてくれた。夕方再び30cmくらいの「しぶ鯛」を届けてくれ、わいわい言い乍ら、刺身、潮汁を作る。
台風のことを忘れさせてくれる楽しい一日だった。

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<5月19日 野間池待機>

台風1号は熱帯低気圧になり朝鮮半島に向かい、九州への直撃は避けられた。しかし、その余波の南風が終日吹き荒れる。「まだまだ吹き募るので今のうちに時化舫いを南側に取るように」と中村さんより昼過ぎに電話で助言を受ける。その言葉どおり、終夜、リギンが鳴り、舫がガツンと張り詰めては元にゆり戻り続けた。

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台風の影響で一日中強風・大雨。
午前中は今までお世話になった方にお礼のはがきを書く。
夕食はホテルに併設している居酒屋「すんくじら」に行き、おまかせ定食980円を頼んでみる。なんと出てくること出てくることびっくりの量と美味でまたまた焼酎がすすんだ。
メニュー
              イサキ一匹の煮付け
              ぶだいのフライ
              かんぱちのカルパッチョ
              カツオ腹皮の塩焼き
              厚揚げ焼き
              アラの潮汁
              ご飯、漬物
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      <5月20日 野間池待機>

北風になる。天気は回復傾向で、晴れているが海は荒れている。この日、「笠沙恵比寿」は結婚式会場となり終日賑わっていた。式の邪魔をしないように散歩かたがた野間岬の風車を見に行く。途中の峠で、北と南の海が見える。北の海は吹き出しを受け一面白波、南の海では大きなうねりが長い帯となって海岸を襲い、岩に砕けて白い裾取りを飾っている。
夜は早めの夕食をとろうと付属する居酒屋「すんくじら」にいくと、結婚式の二次会用のため貸切りとの張り紙がある。だめもとと声をかけると「宴会が始まる前なら」と快く入れてくれ、「店長お任せ」定食を満喫する。

<5月21日 野間池→山川 44.7マイル>

野間池出航                  05:00
坊津        17.9 nm         07:50
長崎鼻     38.4 nm         11:00
山川        44.7 nm         12:30

港をでると北のうねりが大きい。機走で米島近くまで沖出して、2ポイントでメインを上げるとうねりによる揺れが少し楽になる。野間岬をかわし、坊津までは北西の風のランニングを手引きで走る。坊津をかわすと靄がかかりはじめ、中村さんが言うようにすぐに開聞岳は見えなかったが、暫く走ると、突然目の前に秀麗なコニーデ火山が見えてきた。その前に「立て神」様と言われる岩があるが、なるほど坊津よりアプローチすると古代のシナの儒者が腰を少し屈めて礼をしている格好に見える。だんだん近づくにつれて形が崩れ、鹿児島側から見ると人の形にはもう見えなくなってしまう。

長崎鼻をまわり、山川港に着く。フェリー桟橋の奥にある、県の設備の青い桟橋の左側に横付けする。県の警戒艇が時折使用する桟橋で使われていないときは一時使用できる。この桟橋の右側の小さな船溜まりは他県の独航漁船の溜まり場になっており、夕方になると帰ってきた5隻の船で一杯になる。そこに挨拶に行くと快く仲間に入れてくれ、名物「首折れ鯖」の刺身をご馳走になり、夕食も一緒にと誘われたが、あいにく、近くの料理屋に予約をとってしまった後なのでご一緒できなかった。しかし、夕食後、山手の「鰻池」の温泉に車で連れて行ってもらえ汗を流せた。

年に数える程しか国に戻らずにここで一人暮らしをしているとのことで、出身の県は皆違うが同じ環境なので互いに助け合っている様子が伺える。このなかに宮崎の漁師さんがいたので、宮崎の泊地情報を聞くとマリーナより本港が良いと教えてくれ,港湾案内に印をつけてもらう。

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楽しかった笠沙を後にして山川に向かう。途中開聞岳の美しい姿に感動する。

山川では桟橋に他県の漁船が5隻程舫っていて皆さんとても親切でフレンドリー、すぐ仲良くなり、首折れサバの刺身をビール持参で頂きに行く。屋久島近海で取れるゴマサバの一種だそうで関サバにも劣らない絶品の味だった。

山川の近くは指宿などたくさんの温泉があり、夕食後に車で漁師さんたちに「うなぎ温泉」に連れて行ってもらう。「うなぎ池」の傍にありこのあたりは以前「007シリーズ」のロケ地に使われたところらしい。2.3日居るように勧められるが天気予報が悪いので明日内之浦に向かうことにする。

山川にも楽しい思い出が沢山できた。

       風呂 うなぎ温泉 
  車で
20分一人200 
      
コインランドリー 
  派出所近く徒歩
5,6
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<5月22日 山川→内之浦 54.2マイル>

山川出航                            05:00
佐多岬            17.1 nm         07:50
内之浦            54.2 nm         15:00

10時間前後の長いレグなので、起き抜けに出航する。鹿児島湾をでて大隈半島の佐多岬までは引き潮にのり、南西の風の片詰めで走る。佐多岬を交わすと風が北東に変わり相変わらずの詰めの機帆走である。

途中、南に向かうヨットとすれ違う。近づいて挨拶すると、横浜から来たご夫婦が種子島、屋久島方面に向かうクルージング途中で、今朝、これから向かう内之浦を出航したとのことであった。

大隈半島の沖をオートパイロット任せの機帆走で走っていると、11時頃、大きな音とともに衝撃があり流木と衝突した。エンジンを止め様子を見ると、大きな藻が流れ去っていき、舵の下に旗竿が引っかかっている。ボートフックで取り除き、念のためプロペラを逆転してもう出るものがないことを数回確認して前進する。しかし、舵がぶれスピードが出ない。プロペラが変形あるいは片ペラになったか、あるいは舵を損傷したか、など最悪のことを想定する。まず、スイミングラダーより舵を覗いて見るが特に変形や一部が欠けている様子は見えない。外洋ではあるが潜って調べる。幸い潮の流れも大きくなく、海況も穏やかである。命綱をつけて船底に引きずり込まれないように注意して下流より潜る。海は透明で良く見える。ラダー、スケグともに特に異常は見えない。プロペラも2枚はっきり見え、特に何かが絡んでいるものはない。キールを見ると大きなものがキール全面を覆うくらいに張り付いている。最初、オレンジ色のビニールシートと思ったが、手で掴むと大きな藻の塊である。幸いすぐに取れる。このまま、プロペラを回し続けたら間違いなく絡みつき面倒なことになったと思われ、早急に対処できたのは不幸中の幸いである。広い海から見ると狙ってもそう当たるとは思えないようなピンポイントの事故である。

航行を開始しようとして、後ろを見ると両舷に竿を何本も出した漁船がすぐ後ろに来ていた。ヨットが立ち往生しているので援助にとわざわざ立ち寄ってくれたものと思われ、大きく両手で丸を描き無事を示して航行を再開した。暫く見てくれていたようであるが無事と分かりどこかに立ち去っていった。海の仲間にはいろんなところでお世話になる。有難いことである。
内之浦に入ると右側の奥が埋め立てて中である。その前の岸壁は空いており、横付けできる。また、入り口の赤灯台のある防波堤には廃船が何隻も繋留してあり、風によってはここに横抱き繋留もできそうである。ただ、岸壁が高いので、乾舷の高い適当な船を選ぶか、梯子が必要かもしれない。

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途中で流木騒動があったが、無事ロケット基地のある「内之浦」に入港する。着くなり、また地元の漁師さんに親切にして頂き,内之浦の情報を教えてもらったり、漁船でわざわざ水を汲みに行ってくれたりする。散歩の途中で逢ったヘルパーの恵子さん、Aコープの店員さん、おじいちゃん、おばあちゃんと町中の皆が親切で大好きな寄港地の一つになった。

       風呂 コスモピア内之浦
           (歩いて15分 一人300)
       給油 川崎石油0994-67-2450
    (電話したら港まで来てくれる)
        買い物 Aコープ
        水、トイレ 漁協
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        <5月23日 内之浦待機>
天気が崩れ雨、終日天気図を取る。雨上がりに漁港まだ散歩に行くとヨットが一隻岸壁に舫っていた。「Cape Horner」という、徳山からの船で、これから南に下るとのことである。夕方、近くの温泉に行き、レストラン「瀬里名」で夕食をとる。ここの主人はヨット関係者のメモ書きのノートを持っていて、その中にはこれまでに訪れたヨットの軌跡が残っている。この中に、昨年の春に宇和島の「はるかぜ」が屋久島に行く途中に寄ったときのメモがあり、懐かしい名前を発見できた。このメモを現在埋め立てているところにどんな施設を作ればよいかの参考資料にしたいと思っていると話していた。メモを書くとお礼に自家製の干物をくれた。

<5月24日 内之浦→宮崎 51.9マイル>

内之浦出航                            05:00
都井岬沖           14.4 nm         07:30
宮崎                 51.9 nm         13:00

50マイルを超えるレグなので、起き抜けに出航する。この時間漁船がいっせいに出口に殺到し、昨日の徳山のヨットも出港している。少し遅れて引き舟に10名近くの人を乗せて1隻の漁船が後ろからついて来る。どうやら針路が交差しているようなので、スロットルを絞り針路を譲ると、引き舟は挨拶をして前を通り湾の入り口近くの大敷き網に向かっていった。たぶん定時の網上げなのであろう。

港の出口では朝日が昇っている。天気回復が予想された。ところが、志布志湾に入り、都井岬を目指しだすと、北西風の吹き出しが始まり、一面の白波になる。2ポイントでジブ半分巻き気味にしたアビームであるが、ブローのたびに吹き倒され風下デッキを潮が洗う。この海況でフェリーの「サンフラワー」号とすれ違う。さすが本船、何事もないように静かに湾内に入っていく。別府で毎日目にする「お日様マーク」が懐かしい。

場合によっては、都井岬の裏の「宮之浦」に逃げ込むことも想定しながら、何とか志布志湾を渡る。都井岬のふもとに近づく頃には風も収まりはじめ、風待ちしていた何隻かの漁船が一斉に湾内に進みだした。やはり、この付近の天候を熟知していると感心した。

都井岬をかわすと北西の風が陸地で遮られて波が収まり走りやすくなる。9時頃の油津沖で北西の風は67mに下り、10時半過ぎの鵜戸神宮沖では既に北東に風が変わり、11時過ぎの青島沖では東に風がシフトする。これから、日向灘はうねりが高くなる。

宮崎に近づくと空港を離着陸する飛行機が良い目印になる。空港を過ぎると宮崎港の入り口の大淀川に沿って沖に延びている防波堤が見えてくる。湾内には赤と緑の浮標が並んでいるのでこれの右端をデプスに注意しながら奥にはいる。

フェリー乗り場の近くで南に進路を向けると、大淀川につながる水門が正面に見えてくる。その前が漁港でこれに向かって左にある船溜りが、山川の漁師さんが教えてくれた繋留場所である。もともとは県の警察艇のバースで、その反対側があいているのでそこに横付けする。

うまい具合に階段のところにつけられ、ほっとしていると港湾事務所の巡視員の来訪があった。その訪問の要旨は、
  ・ここは避難港になっている
  ・ヨット、ボートはサン
  マーナに場所を用意している

   ・サンマリーナに入れない
  事情を港湾事務所に連絡する
   ・船名、携帯電話番号など
  届け出て、避難繋留できる

とのことである。

そこで、巡視員の目の前でサンマリーナに電話をしてマリーナの事情を聞き、ビギナーは難しいとの話にもって行き、これをそばの巡視員に聞かせて、その場で、親組織の県の港湾事務所に電話をかけ、サンマリーナは入港困難なので現在ここに避難しており、天気回復次第出航すると届け出る。これを聞いた後、巡視員は去っていった。

これで一件落着かと思っていると、約1時間後に、港湾事務所から別の担当者が再び来訪し、同様の趣旨の説明を繰り返して船名と携帯電話番号を控えて帰る。
              ・サンマリーナ宮崎
                
0985-62-2665

              ・中部港湾事務所管理課
                 0985-24-6224

港近くには店も見当たらないので、タクシーで市内に出て、デパートでみやげ物を買い、遅い昼食を取り、大淀川沿いのホテルの温泉に入り、タクシーで帰る。港まで一旦行ってもらい、軽油のポリタンクを積んでガソリンスタンドに軽油補充に行く。

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山川の漁師さんの情報で宮崎本港に入ったが、入るなり繋留でごたごたするし、殺風景な埋立地の工場群の中で直感的にここから早く出たいと思った。とにかく今晩は仕方ないが明日の天気予報だと深島までいけるだろうと高をくくる。

水は工場からもらえるとして、風呂やその他生活に必要なものはすべてタクシーを使わなければならない。

夜は9時に埋立地の入り口のゲートが閉まり、かえって怖い位である。長崎のあのネオンと人々の喧騒が懐かしかった。
       風呂 ホテルプラザ宮崎
      (タクシー10分 一人1000)
       買い物 ジャスコ 歩いて40
       セブンイレブン 歩いて15
  ローソン    歩いて15
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         <5月25日 宮崎待機>
朝、東風になっているが、湾内は静かなので出港する。しかし、湾口に近づくに従ってうねりが入って防波堤の反射波と干渉して三角波が立ちパンチングを開始しだす。外の防波堤まで行くと漁船が港内に戻ってきている。
一度湾内に戻り、様子を見ると少し大型の漁船が出港し始め、湾内の波は収まってきたようなので、もう一度出で見る。しかし、シーガイヤ沖まで沖出しをしながら機走で走ってみるが、うねり、風ともに衰える気配がなく、沖に出ていた漁船をはじめ本船も湾内に逃げ込んでいる様子、本日の出航はあきらめる。
東の風に備え、東に舳先を向けて同じところに横付けする。岸壁に段があり、階段や備え付けのゴムフェンダーの下にスタンションが引き潮の時入り込むと後が面倒になる。発泡スチロールのフェンダーを階段の下に固定しここにスタンションが入り込まないようにする。このフェンダーが回収できなくなっても捨てていくことにする。一方、風が北に回り岸壁に押し付けられることも想定し、ビームアンカーの代わりに近くにある定置アンカーのブイや空いているアンカーを使わせてもらい岸壁よりなるべく離して繋留しなおす。
この後、港湾事務所に海況を説明して避難繋留を継続する旨を届け出ておく。
海は荒れているが、天気は珍しく晴れなので、近くのショッピングモールに行く。港を散策しながら行くと、ちょうど昼休み頃に「中部港湾事務所」の前を通りかかる。挨拶に行くと、入り口前に昨日来訪した巡視員および担当者が話をしているのに出会う。奥様外交官の出番でのおかげで、近くの漁協の食堂を教えてくれ、「天気が回復するまで何日でもいいですよ」等とフレンドリーに対応してくれた。
1時間ゆっくり歩くとショッピングモールに到着する。レストラン、家具、本屋、映画館も揃っている。当面必要な食料のほか、文庫本の「ダビンチコード」を購入する。

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晴天だったので朝出航したが、高波で進めず。宮崎脱出の期待は見事に裏切られ、本当の緊急避難になってしまう。
こうなると覚悟を決めて宮崎を楽しむことにした。
挨拶に行った港湾事務所の方に教えていただいた漁協の食堂で海鮮丼(600)を食べ、ジャスコまでのんびり散歩する。
そして、今話題の「ダビンチコード」を3冊買って2日間夢中で読む。

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       <5月26日 宮崎待機>
早朝、近くの水道に水を補給に行く。その後朝より雨を伴った東の風、とても出られる海況ではない。天気図を取り文庫本を読んでは、横になって休む。

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朝からの風雨で一日中揺れて、首の調子がおかしくなる。航海に出る前には「時々ホテルに泊まればいい」といっていた主人に「今日はどこかに泊まろう」と言うと、「こんな状況でヨットを置いていけない」と言う返事・・・
狭い船の中で喧嘩はまずい、宮崎ストレス、ヨットブルーになってしまう。
食欲はなし、夜、孫からの電話でやっと元気が出て、ビールがおいしかった。
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       <5月27日 宮崎待機>

雨は止むが、相変わらず、東の風が強い。テレビ・ラジオの天気予報だと暫くぶりの天気でお出かけ日和と言っているが、海況は良くない。昼前にショッピングモールに昼食と買い物に歩いていく。慣れてきたのか、40分位で行くことができた。

帰りに暗灰色の艦橋が松原の上に突き出て見えた。行く時は松原の近くを通ったので見落としたのであろう。岸壁で自衛艦が一般公開をしている。船内公開はもう終わったが、デッキだけの見学でよければ今でも受付といるとのこと、早速乗船する。艦艇番号170の自衛艦「さちかぜ」である。5インチ単装速射砲、対潜アスロック、魚雷発射装置など目の当たりに見ることができた。手入れは良くしてあるが、艦歴は隠せず、まもなく退役かと思われた。

<5月28日 宮崎→深島 54.5マイル>

宮崎出航                            05:30
延岡沖            48.0 nm         11:00
深島               54.5 nm         14:00

宮崎の潮は、1247分の干潮から潮が満ち始め1939分で満潮になるので、北に向かうには午後が順潮である。10時間近くのレグになるので、起き抜けに出航する。南の風10mで手引きのランニングで日向灘を北に向かう。
延岡沖近くで北に風が反転する。追い波が無くなってきた半面、ゴミや藻が流れてくる。

深島の周りの瀬や珊瑚礁を避けて大回りをして港の正面からまっすぐアプローチする。こじんまりした港で一番奥の階段近くに横付けさせてもらう。声をかけて繋留をお願いすると、親切に舫いまで取ってくれた。話に聞いたとおり、港の中の水は透明で底まで見え、鮮やかな青色をした熱帯魚のソライロスズメダイが至る所群れている。 歯磨きの水で港を汚すのも悪い気になるほどきれいな海である。
よく管理されたトイレがちょっと離れたところにあり、水でよければシャワーも利用可能である。
漁から帰ってきた漁師さんに鮮魚「くろ」をもらい防波堤の階段で刺身に料理して頂く。

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やっと宮崎を出られた!!

昨日までの状況だと、このままずっと出られないのではという恐怖心があった。波とウネリが高かったが宮崎脱出の嬉しさに私はルンルン気分だった。

深島は大分のダイビングスポットで、港の中もコバルトブルーに透き通り、青い熱帯魚がたくさん泳いでいる。島は狭いが、花が咲き乱れ、昨日までのことを思うと天国に来たみたいだった。

  風呂 民宿管理のコインシャワー()
  トイレ 民宿管理のトイレ
   買い物 なし
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<5月29日 深島→深良津 34.5マイル>

深島出航                            08:00
鶴御崎                  19.2 nm         11:10
深良津                  34.5 nm         14:30

56時間のレグで、午後3時前後に到着を予定してゆっくり出航する。

鶴御崎沖の舵掛けの瀬を初めて走る。11時過ぎ水深計に注意し、10mをキープの目標にして渡る。干潮の少し前くらいで潮停まりに近いはずと想定していたが、それでも狭いところでは潮目がざわついていた。保土島沖は安全を取り灯台を大きく回って津久見湾に入る。

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今日はいよいよ私の友達が居る四浦の深良津に入る。昨年の四国一周のときは初日にお邪魔して壮行会をしていただいた。今回は最後に寄って一周のお祝いをして頂く。

小さな赤灯台を見つけ、堤防に舫ったときは我が家に帰り着いた様にほっとした気分になる。
久しぶりに家庭料理を頂き、畳の上で休ませて頂く。

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<5月30日 深良津→別府 32.5マイル>

深良津出航                            05:30
佐賀関                  11.7 nm         07:30
別府                     32.5 nm         11:00
佐賀関のゲートは559分から1052分で、最大2.8ノットの北流が828分にある。朝日を見ながらゆっくり機帆走で走る。臼杵沖に着いた頃携帯電話で「今追いかけているから待っていてくれ」連絡があり、後ろを見ると1隻の船が全速力で追いかけてきている。何か忘れ物でもしたかと思っていると、「九州一周のお祝いだ」と言って、大きな鯛をはじめ立派なアジがたくさん入ったクーラーを渡してくれた。「昨夜の漁で取れたもので、出航前に渡そうと思っていたがつい寝込んでしまった」と言い、クーラーを渡すと引き返していった。有難く頂く。

別府湾はこの航海で一番穏やかなレグになり、途中これまでセットしていた2ポイントのメインセールをフルセットに戻し、さらに風が落ちたのでセールをたたみ、機走で入港し、延べ27日、599.5マイルのクルージングを完了した。

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朝早かったので御礼の書置きをしてそっと出港する。暫く走ったところで、友達のご主人が漁船で追いかけてくれ、取れたての大きな鯛とアジをたくさん持ってきてくれた。本当に嬉しかった!!

今回のクルージングは天候に恵まれず、大変なことも多かったが、港港で出遭った人達の優しさや親切に励まされたクルージングだった。

そして、家族や友達からの電話やメールがどれだけ励みになったか・・・皆に感謝しながら 11時ホームポート別府に無事入港した。

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<機材総括>

1.航海用機材

アンカー及び時化繋ぎ用100mロープは使用しなくて良かった。しかし、野間池のような協力が期待できないところで、台風あるいはその余波をやり過ごすには、これでは不足と思われる。その他、セール補修キット、ハンディVHF無線機も出番がなかった。

今回、活躍したのはダイビングセットに各種充電器、天気図関係機材である。天気図は、合計24枚取り、テレビが見えないときはこれが頼りであった。また、予備が必要と思われたのは、パソコン、及びデジカメである。

今回、割愛した自転車は初日の姫島であればよかったと思ったほか、宮崎であればずいぶん便利だったと思うが、トータルとして不要であったと思っている。

2.泊地生活用機材

発電機は携帯電話や電池の充電に欠かせない。今回、陸電を利用できる機会があったので、陸電から船内の12V機器をドライブするためのチャージャーがあれば、さらに快適な生活になったと思われる。

緊急用の電気ドリルやサンダーは幸い使わずにすんだ。

3.船検備品など

ラジオはニュース天気図用に必須である。島や岬の港ではテレビはあまり期待できない。その代わり、携帯電話は必須のライフラインであり、僻地でも利用可能な機種にすべきである。

 

4.食料・飲み物

あまり暑くない気候であったが、冷蔵庫は長期のクルージングでは欠かせない。その分、ガスボンベを大量に積まなければならないが、冷蔵庫用に11本毎朝交換したが、交換したボンベの残りで十分他の煮炊きができるので無駄にはならない。

 

5.健康

寝巻き用のジャージーが暑すぎることもあるので、少し薄いものも必要である。また、ハンガー、ピンチは多すぎると思うくらい持って行くことが必要である。洗剤は、コインランドリーで必要になることがある。


最後に、航海中にたくさんの仲間や家族から励ましの電話やメールを頂き、どれほど心強かったか感謝の言葉もありません。ここで改めて御礼を申し上げます。

また、知らない海で海の仲間に物心ともに助けていただいたことを今でも思い出し、感謝の気持ちで一杯です。有難うございました。


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