瀬  戸  内  回  航  記

  阪神高速を降りて右折、大橋を超えて川岸のヨットだまりに着いたのは、6月4日 日曜日 午前7時 
別府を出発して8時間、ポンツーンに係留された艇を確認、早速点検にかかります。
今日からの数日間・・・ 予定では3日間・・・ 命を預ける(ちょっと、おおげさかな?)艇だから、しっかりと
点検します。

  (1)フロア材をあげて、キール取り付け部とビルジ
  (2)ヤンマー2GMの、オイルとベルト、スターンチューブ。
  (3)バッテリーとスイッチ類、メーターとライト。
  (4)ティラーとラダー−−−ちょっと、遊びがあるかな。
  (5)マストとリグ−−−ターンバックルに割りピンが無い。
  (6)ハリヤードとシート−−−さすがSタイプ、ハリヤード8mmシャックル無し。
  (7)セール−−−回航に使用する、ダクロンメインとNo4ヘッド。
  (8)法定備品と船検−−−中間検査切れ、航海区域外れ。

 まあ、なんとか、別府まで帰り着くでしょう。
荷物の積み込みと、オートパイロットの仮付け、食料の買い出し、軽油の調達で3時間やはり、車で正解
です。 11時 愛妻と息子にしばしの別れを、地元のメンバーに又の出会いを告げ、もやいを解き、茶色い
西宮の海に乗り出します。 途中、いろんなヨットとすれ違います、古いYAMAHA25を初老のヨットマンが
シングルで淡々とセーリングしています−−−とっても大事に、いたわった感じの、決してピカピカでは無い
いい感じ。 橋の下をくぐると、新西宮ヨットハーバーの沖にでました。
トレーナーをつけると、洗っても落ちない様な、茶色と臭いの海で、いろんなクラスとクラブの若者たちが
盛んにレースを繰り広げています。 この子たちは、沈して、この水を飲んでもOKかいな?。
 西宮の沖にはずーと一文字の防波堤が設置してあり、その内側がだるま船の錨泊地になって、多数の
だるま船が、マークブイ代わりに有るおかげで、コースづくりは楽かな?。
この時間、実は逆潮なのです。
 神戸沖の新空港建設の浚渫現場を、大きく沖だしして迂回、このころになると、明石海峡大橋も視認
出来ます。 さて、地元のヨットマンの情報によると、逆潮の明石海峡は本州側べったりで狙うと比較的
流れが弱いとのこと、マゼラン315ハンドヘルドGPSは、対地4ノットを示しています。
 オートヘルム2,000+の電源を切り、スロットルを上げ、岸べったりを狙います。
スピードメーターは6ノットを示します。明石海峡大橋の真下というか、付け根の海岸はビーチリゾートで
砂浜の沖に100メーター程の防波堤が20メーターくらいの間隔で続きます。
一本の防波堤を通過するのに約10分、アビーム、2ポン、No4、フルスロットルです。

 海峡通過13時30分 オートパイロットをセット、テーブルロールと、どんべえの遅い昼飯・・・
あーよかった、おもしろかった、プシュと乾杯・・・
 コースを姫路にセットします。 ちょっと無理をすれば、薄暮の土庄か?とおもいつつ・・・
いやいや、欲張ると日振の二の舞、安全に・・・・・。
 16時姫路本港にアプローチしょうかな、と思っていたら前方にケッチを視認。
おーおーラッキラッキ、あいつに着いていけば、今夜の泊地にありつけるゾ。
ケッチの航跡をなどって、入港。
−−−あれーなんか変じゃないか?−−−あっそうだ船籍が無い!−−−すずなりの
ゲストの雰囲気もちょっと違う−−−船検の番号も船名も−−−危ないからやめよう
チャートを確認すると、隣(西側)に大きな港がある、ぼちぼち日も暮れるし、早めに
アンカリングしよう。
ところが、この港は工場の積出港で上陸禁止の立て札が至るところにある。
結局、元の港に戻り、ケッチの消えた方向をめざす。
水路が次第に細く、明かりも段々と暗く、うっそうとした水路の終わり−−排水路の出口にたどり着くと、
狭い泊地に20隻ほどのヨットとボートがひっそりと、隠れるように
係留されています。
2隻のヤマハ30Cのあいだを割り込み、ロープをとって一安心。
陸上サポートの家族と再会して、やっと晩飯と風呂と冷えたビールにありつけるのも
携帯電話様のおかげです。
23時 陸上部隊はこれから、別府への長い道のりが待っています。
別れてヨットに戻り、このうっとしいロケーションで一夜を過ごすのに一抹の不安を
感じ、再度泊地を移動、今度はフェリー乗り場近くでアンカーを入れ、保安庁の船の
隣に岸壁よこだきで、係留−−−やっと眠れるはずでした−−−6月5日午前1時。
ドドどーん!!! 暗闇のキャビンに、激しい衝撃が走ります。
同時に大きな横揺れが、艇を襲います。
「うわー なんじゃこりゃー 」
入港する漁船の引き波でした。
フェンダーをしっかり入れていたので艇は無事でしたが、再度泊地を移動します。
保安庁バースの隣に、上陸用舟艇の様な船形の、フェリーが大小4隻バウ付けで係留しています。
その一番奥があいていたので、スターンアンカーで係留、フェリーが防波堤代わりになって、引き波も
穏やかになり、 「やれやれ サー寝るぞ」 午前2時。
 ファンファンと、夢のどこかで汽笛が鳴っています。
飛び起きて、ハッチの外を見ると、3メーター後ろに、例のフェリーがせまっています。
「こらー早くのけんかー」
フェリーのバウから船員さんが、叫んでいます。
あわててエンジンを回し、フェリーのしたじきになったアンカーを上げます。
美味しいところが空いていると思ったら、このフェリーのバースだったのです。
ここは、沖の家島諸島への、フェリー乗り場てす。
朝の港は活気づきます。
瀬戸内各島へのフェリー、瀬渡しの大型漁船、出船入り船で海面はわき上がります。
午前5時に、フェリーの汽笛で飛び起きて、とうとうほんとに朝になりました。
6月5日午前10時 やっと姫路出航です。
「なんで姫路なの?」
「朝の5時から10時まで、そんな港でなにしてんの?」
そうなんです、そこが問題です
6月4日のサンフラワーに乗って大阪からJRで西へ、ヨットを追いかけると、どうしてもこの辺になるのです。
姫路駅からタクシーで彼が到着したのが9時40分、早速出航して小豆島と豊島の間の
水道に針路をセットして、ありあわせの朝食でも、一人より二人です、貧しくても楽しくそして、
心配した天候も、いいクルージング日和です。
 永井君の「岡崎造船を見たい」との、ご希望で針路は土庄に変更です。
沖から、岡崎を拝む彼に、「土庄上陸、昼飯、軽油ビール」 午後1時半上陸。
フェリー乗り場に近いシェルのスタンドで軽油30リットル。
歩いて10分 生協の雑貨店で (ここにはコンビニは有りません)食料飲料の調達
フェリー乗り場前の観光客用和風レストランで豪華(高いとの意味)な昼飯。
生で乾杯し、1時間そこそこの滞在で小豆島を出航です。
産廃で有名になった豊島を右舷に通過 瀬戸内航路にはいります。
本船航路を少しだけ北に離れて瀬戸大橋をめざします。
大小の本船が一列になってひたすら西をめざし、次から次に追い越していきます。
瀬戸大橋が彼方に見えてきます 艇速6ノット強 微風 真のぼり いい天気。
日没前の安全な入港をと、与島のフィシャーマンズワーフを今日の泊地と決めて、ログを
刻んできましたが、与島は何度かドライブで立ち寄ったことがあったので、どうせなら
違う港にはいりたい、日没まで2時間 与島まで1時間。
「下津井は、良かった」誰かが書いていたのを思い出して進路変更、瀬戸大橋の本州側の
付け根を目指します。
釜島の北を本船の後について通過、鷲羽山を確認する頃日没を迎えました。
櫃石島との間を下津井瀬戸が曲がりくねった水路で流れています、対航する本船が急角度で舵を切り
蛇行して瀬戸大橋の下を通過してきます。
チャートで確認した下津井は、瀬戸大橋を通過後すぐの小さな港です。
防波堤の間の進入路から港内を偵察し、デッドスローで入港しましたが小さな港なので
空きが見あたりません。
「すいませーん、どこかとめさせてもらえませんか?」
スロープの人に声をかけます。
「ここはいっぱいで、ちょっとだけならここに止めていい」
「一晩泊められませんか?」
「かってに許可すると漁協の人に、しかられるからだめだ」
結局追い出されて? 与島に針路をとります。
日も暮れて瀬戸大橋に沿って、南下 2GMが悲鳴をあげそうです。
フィシャーマンズワーフを確認できず、反時計回りでほぼ1週、営業終了後のヨットハーバーに、
やっと入港 午後8時。 上陸してビールの自販機を探しましたが1台も有りません。
つらい一日の終わりにビールはかかせません。
「港は追い出しにあうし、ビールはないし」
「寝る」。
 午前4時 暗闇の与島出航です。
塩飽諸島 広島と手島の間を通り燧灘にでて、伯方島に船首を向け、のんびりとした
瀬戸内の航海を楽しみます 「春の海、ひねもす 乗ったり のたりかな?」
 伯方島のフェリー乗り場前のポンツーンに、もやいを取り、乗船券売場の人にお願いして、食料とビールの
調達、警察署前の食堂で昼飯。
軽油を15リットル、ついでに名産の伯方の塩、短い上陸で切り上げ出航します。
 来島海峡の北、大島と伯方島の間が宮の窪瀬戸です。
この水路の真ん中に小さな島があって、潮の流れをややこしくしています。
伯方島で転流の時間調整をしたつもりでしたが、かなりの逆潮です。
タグボートが台船を引いて上ろうとしていますが、苦しんでいます。
対水6ノット対地2ノット 水路が狭く台船と岸の間は約10メートルしか有りません、全速で左舷側を追い抜き
ます、右に蛇行した水路を抜けると、しまなみ街道伯方大橋が目前です、あおいくに四国の縮図、瀬戸内一押し
の景観です。
伯方大橋を抜け松山に針路を向けオートパイロットをセット、買い込んだビールをぐぐっと飲み干しワッチを永井君
にお願い?して、あとは−−−−−。
 ドドドっとヒールしてデッキにでると早くも艇は堀江湾、No4+フルメイン。
午後4時 坊ちゃんの島をかわして松山に入港、三津浜の警察バースに接近しますが
空きがありません、クレーン付きの台船にお願いして横付け、お礼のビールを差し入れ
三津浜駅まで歩き、松山市駅 路面電車で坊ちゃんの湯 2番街で食事、うまい生で乾杯タクシーで艇に戻り
、爆睡 午後10時。
 東の空が次第に明るく、好天を予感させる1日の始まりです。
周防灘の別府〜松山航路は、過去にいろんな艇で走ったところで、それどれに懐かしい
ところです。
今日又、これからさき幾多の物語を作るであろうこの艇を、別府の水になじませる最初の1日です。
 伊予郡中の沖で、今は無き古い友に乾杯し、エンジンの後押しで北浜を目指します。
近頃の傾向として、失敗の多い私です、年のせいでしょうね。
結果オーライのクルージングに反省します。
 たとえば
  (1)古いチャート−−約20年前に瀬戸内を走ったとき買った思いでの一品。
       最新の情報が必要です。
  (2)事前に寄港地の情報を把握しておく。
      果たして、ほんとに下津井港だったか?
     〔別府に帰った翌日ゼンリンで確認したところ、一つ手前の 田ノ浦漁港でした。〕
  (3)瀬戸内の潮汐を確認すること。
      潮汐表をよく読んでみると満潮と潮どまりに、かなり時間差 がある。
      等々、わずか3泊4日の航海にして、ほんとに結果オーライです。
 午後4時30分 北浜ヨットハーバーにもやいを取りラッキーな航海を終えました。
やはり、回航は楽しい。

セーラームーン船長
大須賀 文生

平成12年7月25日


ヤマハ31S
平成3年建造 第2号艇
船 名  ひまわり
船 主  後藤 浩道 .由里子 ご夫妻
お二人の御安航を お祈りいたします。

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