姫島盆踊りクルージング
 別府より「Sailer's moon」、「Ramage」、大分より「Miki」の3艘がフリートを組み、
8月14日からの二泊三日の間国東沖の姫島を訪ねて「狐踊り」で有名になった
盆踊りを楽しんだ。
                               Ramageオーナー  末岡多加志

1.姫島への航海
青い空、 青い空、波なし、うねりなし、おまけに風なしという絶好の「機走」日和に狭い船上で日陰を求めながらのクルージングであった。途中、海水浴場から流れ出た浮き輪を落水者救助の訓練をかねて、「海を綺麗に」のキャンペーンの精神に則り有難く拾得しながら、岬をかわすごとに順次北に変針つつ姫島を目指した。別府から姫島までにはいくつか風待ち、潮待ちの港がある。
深江港はアプローチしやすく、港の中も広い。港に入りすぐ右側の防波堤は漁船も舫っていないのでヨット、プレジャーボートの利用に適している。ただ、別府よりアプローチするとき港の手前の岬の沖には岩盤が盤居しているため、十分水を空けて入る注意が必要である。その次には加貫漁港がある。小ぶりであるが季節により縮緬雑魚の一夜干に巡り合える良港とのことである。これらの前は断崖あり、白砂と松原の海浜あり、丘の上に白亜の近代建物ありで目を楽しませてくれる格好の「デークルージング・コース」となっている。これらを越える岬には白灯台が見え灯台下は崖になっているが、捨石のような暗岩が遠く沖まで張り出し干潮時に顕出するのに加えて、別府湾を絞る巾着の口の一端にあたるため、潮の流れが時として大きいので、十分余裕を持ってかわす事が必要である。
次のマークは空港沖の海上に杭を打ちその上に設置している航空機の着陸誘導灯列とその沖の浮標である。浮標と誘導灯の先端の中ほどを航行すると特段の問題はないようである。この後の国東港沖までは孤立暗岩が点在するため、岸寄りに航行するにはチャートワークと見張りに負担がかかるようである。国東港は広さ・深さ共に十分の余裕がありランデブーや一夜の宿として有難いところである。ここまで来ると姫島がほぼ北にランドフォールする。しかし、姫島の少し東に広島の戸島が見えるので南から見た島の形を確認しておくことが必要である。姫島で観光客用に用意して配布している団扇には、姫島踊りの歌の下絵に南からアプローチしたときの島影が印刷してある。
3つの島が並んでいるように見え、右端が大きく高い双峰山を頂き、左端は背が低くこぶがいくつかある扁平な形をしている。その中間に一番小ぶりの丸みを帯びた島が見え、ここが目指す姫島の南浦港へのランドマークである。
南浦港に近づくと港の入り口を示す赤灯台が二つ並んで見える、最初は戸惑うかもしれないが、左にある赤灯台入港位置を目指してセールダウンや舫いロープおよびフェンダー準備をすればよい。二重の赤灯台があるのは、国見港からの定期フェリー発着桟橋が南浦港の中にあたかも二重の港があるように位置しているため、荒天時や夜間でも安全に島のライフラインのフェリーを誘導できるように設置したようである。
  最初に通過する赤灯台から直ちに左に入った一文字の右にある防波堤に「Sailer's Moon」「Miki」が横付けし、「Ramage」は「Sailer's Moon」に横付けさせてもらった。隣には中津からフリート2隻が舫っていて、夕食後に深夜防波堤談義に花が咲いた。中津港は浅いためヨットを出すには潮を選ぶ必要があって休日に思うようには海に出られず、ついついクラブハウスでの宴会が続くとの話だったが、皆さん明るく「このヨットは拾ったもの、あのヨットは乗っ取ったもの、ハッハツハッ・・」と破顔一笑の快男子そろいであった。


 
2.姫島踊り
盆踊りは島内7つの「盆つぼ」に姫島7浦から各3組づつの合計21組の踊り手が出て、各「つぼ」を順次踊りめぐる巡回踊りで、どこか一箇所に腰を据えてみていれば全部が見えるのであるが、観光客の心理として、一番混雑するフェリー発着所のメイン会場に蝟集するようである。当日は、土産物屋や食堂は大繁盛である。土産物は注意しないと「佐賀県産の蛸の干物」を姫島で買うことなりかねず、食堂はこの時とばかり混雑を乗り越えてほっと一息入れている客の心理をついて高価な定食を売っている。
踊りの各「つぼ」には櫓が中央に組み立てられ、太鼓と男衆と女衆の謡手がここに位置する。その周りに島の普通の人が普段着で踊る踊りの輪が一つあり、そのさらに外に様々に着飾った21組の踊り手が順次取り囲んで「アヤ踊り」、「泥鰌すくい」、「狸踊り」、「花笠踊り」・・・・「狐踊り」の工夫を凝らした踊りを披露する三重構造になっている。特にメイン会場といっても格別の差があるわけではないが、人気のある「狐踊り」が最後に巡ってくるところにあたり、これが終わると観光客を満載したフェリーの臨時便が出発しだす仕掛けになっている。
姫島踊りの団扇には1番から14番までの歌詞が紹介してある。この唄を太鼓と共に歌い14番に至ればまた1番に戻る形でエンドレステープのように夜を徹して繰り返し歌い・踊り続ける。各番の唄は2行からなり、尻取り唄の形式で前の歌の最後と次の唄の最初が何からの意味で重なる構成である。男衆が一行目を歌うと女衆が二行目を歌い、その2行目の最後の文句を男衆が問い掛けると再度女衆が2行目を繰り返していき、問い掛けた最後の文句になるとこれに被せるように男衆が次の番の唄を歌い始めるので結果として各番3行の唄を歌うようになっている。
櫓に近い踊りの輪には普段着の島の人がゆったりとした物腰で、三歩時計回りに進んで、立ち止まり一歩戻って振り返り、その後また三歩進むという動きを繰り返している。その基本リズムを作っている踊りの途中に21組の踊り手の一組が「つぼ」に到着して、踊りの一番外側に位置する。輪が作られたのを見届けてリーダーが笛を吹くと、先ほどの唄の区切りまで暫くまってから一斉に踊り始めるので、初めの頃は文字通り「笛吹けど踊らず」状態になっている。
小さな子供が踊る「狸踊り」や「狐踊り」は出番待ちで「つぼ」の入り口に控えているときも大人気で盛んにフラッシュを浴びている。見るほうは1回しかないのでなるべく近くでと思い警官の制止も振り切って我勝ちに前に割り込み、シャッターを切っているが、子供達は7回も踊らなければならず、御付きの母親ともども健気にシャッターの砲列に耐えていた。メイン会場の人が引け静かになっても、まだ残りの「ぼん」では踊りが続いて遠く太鼓の音が暫くは聞こえてくるが最終フェリーが見えなくなる頃には、それも段々に静かになっていき防波堤の波の音が耳についてくるようになる。

3.帰路
各艇とも、夜明けと共に解纜し、連潮と南のプリーズに乗っての快調な機帆走で帰路についた。GPSの対地速度が一時7.4knを記録したほどであるが、姫島から国東沖までは靄がかりあわや春の連休の二の舞かと思ったが、これも順次晴れていき別府湾に入ることは再度、オーニングが恋しい日和に恵まれ、10時過ぎには楠港に舫いを取ることができた。