宮古島への回航

2月19日、別府を出航したINFINITY(アルページュ30ft)は、当初私を含めて4名の乗船者だったが、佐伯に寄港して1名が友人の突然の不幸で下船し、日向美々津沖でエンジントラブルを起こして急遽美々津港に入港して修理し、20日午前出航して油津で燃料補給、屋久島まで一気にオーバーナイト(夜間航行)して比較的平穏にたどり着いた。この間真夜中に翼長1mを超えるカツオ鳥のような珍客の来訪もあり、退屈しない航海だった。   

次の日、残った3人で紀元杉(樹齢三千年)を見学したり温泉に入ったりした後、天候が悪化する前に奄美までたどり着こうと考え夕方6時に宮之浦港を出航した。ところが3時間程度南下したところでエンジンの警報音がけたたましく鳴りだした。とりあえず応急処置で動くようにはしたが、荒天が予想される中、波高も高くなったのでこのまま150マイルを走るのは無理と判断して屋久島安房港に引き返し、真っ暗な中を入港して作業線に横付けした。そこで同乗していた大学生のM君が入社予定の会社からの呼び出しで下船。ここからはオーナーのU氏と二人になった。

次の日、晴れてはいるが強風で出航不可能。エンジンを整備した後他にすることもないので有名な岩崎ホテルでお茶を飲んだ後、屋久島を一周しようとレンタカーを借りてドライブした。ところが屋久島の西側に回ったところで通行止めになっていて結局一周することは叶わなかった。仕方ないのでもと来た道を引き返して、空港近くの温泉施設で入浴することにして行ってみたら、料金割引をしても1,400円!一日ゆっくりするならいいのだろうが入浴だけではなんとも高い!それでもこの後のロングクルーズを考えるとここで入らなくてはと思い温泉に浸かって英気を養った。夕方近くの居酒屋「風来り」で一杯やりながら夕食を済ませた。

2月25日、北東の強風の中、気を引き締めて10時に出航。波高2mの追い波の中を南西に進路をとったINFINITYは比較的順調に航行する。途中黒潮の流れている箇所では四方八方から波が来るのでがぶられ、頭からシャワーをかぶりっぱなしだった。さすがにこの時期の海水浴はちょっと時期はずれで寒い。ホッカイロを体に張りつけてなんとか寒さをしのぎながら航海を続けた。次の日午前2時ごろまで東からの風だったがその後風向が進行方向前からに変わった。午前4時ごろからは真上り(正面からの風)になりエンジンだけが頼りになってしまった。相変わらず海水シャワーの洗礼を受ける。午前8時半ごろ、奄美名瀬港沖20マイル付近で突然エンジン停止。エンジンルームを開け修理を試みるが治らない。仕方なくセールだけで名瀬を目指すことにしたが、波高3m以上で進行方向からの風に逆らいながらいくのでジグザグに距離を多くとらなければならないコースを行くしかない。名瀬とは違う方向に向けて走るのはちょっと不安になる。夕方3時ごろ局地的な寒冷前線が通過して視界が200mを切る状況の中で風向が変化して、進路をまっすぐに名瀬に取ることが出来た。おかげで明るいうちに名瀬に入港でき、一番奥の漁港に入りセール(帆)だけを使用して、止めてあった漁船に接舷した。すぐに近くのホテルの風呂を借りて疲れを取った後、夕食はいつも奄美に来ると立ち寄る「よろこび庵」に向かった。事前に連絡をしていたので、久しぶりに会う看板娘の麓奈ちゃんやお父さんたちが歓迎してくれて、メニューにない島野菜などの珍しい食材を使った料理をたくさん出してくれた。オーナーと二人腹いっぱい食べて大満足した。

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艇に戻ると、オーナーが、今回の屋久島から奄美までの航海で、とてもこれ以降の航海を続ける自信がないとのことで、ここで下船することになった。彼にとっての初めての長距離航海はやはり過酷だったようだが、むしろよくここまで頑張れたものだと感心した。私としてはこれからの航海がシングルハンド(単独航海)になるつらさよりも、同乗者の安全確保に頭を悩ませる必要がなくなることの方がありがたかった。なにせこれからの航路はいざとなれば避難できる港が8時間以内に点在しているので、単独でもそう難しい航路ではなかったからだ。

2日後、ついに独りになった私は午前10時に奄美を出航した。沖にはまだ波が残っていたが天気予報ではこれから1日半くらいは平穏な天候だといっている。通常は途中の徳之島、沖永良部島、与論島などに立ち寄りながら行くのだが、今回は天候が安定している短い合間を利用して一気に沖縄本島宜野湾マリーナを目指すことにした。徳之島沖で夜の帳が下りると天空いっぱいに星が瞬く中、沖縄本島に向けて順調に艇は進んだ。沖永良部島横を午前2時通過。この海域では携帯電話が通じるので友人と会話しながら航海でき安心だった。与論島付近で夜が明けて太陽が顔を覗かせたが、この時期の沖縄地方にしては、気温が低く寒かった。

昼過ぎ、美ら海水族館沖を通過する。波もなく安定した海況の中を走り、夕方沖縄本島宜野湾マリーナに無事到着した。さっそく現地に住んでいる佐伯セーリングクラブ会員のA氏が出迎えてくれて、久しぶりの再会を喜び合い、早速近くの温泉に入って塩を落としてから沖縄でいつも真っ先に食べに行く「サムズ アンカーイン」に出向いた。腹いっぱいのステーキをご馳走になり、満足して艇に戻ってすっきりと眠った。

次の日は、最終レグ(行程)に向けて艇の整備をしながら、洗濯などをしてすごした。特にマスト上部の風向風速計のセンサーの支持棒が奄美に向かうとき強風と波で折れて垂れ下がっていたので、ボースンチェアを借りてA氏の仲間の方々に手伝ってもらってマストに上り取り外すことができた。夕方、A氏と彼の奥さんとともに中華料理をご馳走になった。こちらに来ると何から何までA氏のお世話になりっぱなしで恐縮するが、彼は今年の6月以降は佐伯の住人になる。その時には精一杯お返しをしなければと、ご好意に甘えることにした。

3月2日、いよいよ最終レグに出発することになった。午前8時、もやいを解くと、艇は順調に南下を始めた。途中座間味、渡嘉敷の海域ではホウェールウオッチングの観覧船が鯨の周りに数隻群がっていた。その中で鯨が潮を吹いたり尾びれを大きく空中に上げたりしているのが見えた。夕方渡嘉敷の島影が水平線に消えたころ、進行方向の西の水平線に夕日が沈んでいくのが見えた。荘厳な光景だった。その後しばらく夜間航海に向けて眠った。午後8時過ぎ、起きだしてみると、遥か水平線まで天空一面に星が光っていた。艇はちょうどオリオン座の方向に進んでいる。後ろには北斗七星が光り、北極星が今まで見たことのないような強い光を放っている。銀河を横切るような錯覚を覚えながら、時を忘れて天空の星座ショーを楽しんだ。

3月3日、朝4時ごろ風向が変わり風速も徐々に強くなってきた。しかし追い風なのでがぶられるが波もかぶらず、比較的楽に航行できている。大潮の時にしか姿を現さないことで有名な八重干潟の一番北にある灯台を目指して進むがなかなかその姿を見つけることが出来なかった。2マイルほどに近づいたところでやっと発見。航路が間違っていないことにほっとした。その灯台を回りこみ、いよいよ宮古への最終アプローチにかかった。その頃から風速が上がってきたが、さんご礁の内側になったので波は1m前後と小さく、走りやすい状況で目的の平良港を目指した。

午後2時強風の中、平良港に入港。北側にある漁船溜の防波堤に接岸して今回の回航ミッションは終了した。