ホームへ戻る
レポート 4  ブリスベーンからニューカレドニア・ヌメアへ

 ケアンズからブリスベンへの途中URANGAN(ユーランゲン)のマリーナからビザ(査証)が切れるので、電子メールで更新をしたのだが私のやり方がまずかったのが? タスマニアのイミグレに行ってしまったみたい? ブリスベーンのイミグレに出向いていったが、タスマニアからブリスベーンに移さなければならないらしい。普通通りの3ヶ月の延長だと、ニューカレドニアからオーストラリアへ引き返したときにもうオーストラリアへは入れなくなるらしい? 今年の12月10日までならば何度でも出入国できるようにして貰う為のビザをだして貰うのに2日間も掛かってしまった。そのほとんどは待ち時間。AM10時頃連絡船に乗りシティーへ、10:30には手続きの為列に並び、11時に私の順番が来る。12:00に係官が「ちょっと待って」と言っていなくなる。延々と待たされ、13:40分頃私の順番番号表示が出る。そしてまた1時間くらいかかる。午後3時半過ぎになってやっとの思いで新しいビザを手にすることとなるのだが、女性係官のバカヤローめ、自分だけランチタイムと言って昼飯を食ってきてやがる。始めからランチタイムの昼休みだからと言ってくれれば私だって昼飯は食いたい!
 ブリスベンは韓国人、中国人、スペイン人、日本人の順で多い。韓国食品店がたくさんあり、ここではほとんどの日本食品が手に入る。しかし、日本食品は高額でインスタントカップ麺が400円位はする。韓国の辛辛麺は120円なのに「どん兵衛」など370円もする。それでも"つい"日本食品に手が出てしまいオーストラリアの中では一番高級食材で生活をすることになるのだ。今日もブリスベンの河に架るブラット橋のイルミネーション(ライトアップは夕方6時から)を眺めながら「塩タン」を焼いてレモン汁で舌鼓を打っている。
5月5日には街のSouth Bank(サウスバンク)の公園で、仏陀誕生のお祭りが華僑の人達によって催される。金、土、日と3日間有り、夜は花火大会もある(30分で終わる)。まー西大分の浜の市の花火よりずーと小ぶりの感じの花火大会。それでも両岸は黒山の人だかりだった。


 4月17日ブリスベン入りして、もう、5月27日、40日余りがあっという間に過ぎる。明日、5月28日出港だ。ニューカレドニアには、一直線のコースで約800マイルある。まー、6日〜7日のコースだろう。朝7:00引き潮に乗って河口に下り、9:30には公共のマリーナの給油ポンツーンで油を満タン585リットル入れる。カスタムで免税の手続きをしてきたのだが、その場でお金を引いてくれるかと思ったら、なんと給油証明レシートを税関に郵送して、後で、免税額を返すらしい。9000円程度返るらしいが面倒くさいのでそのままにして置く。また、オーストラリアへ引き帰ってきた時にでも? 10:50港外のアウターポイントへ、風は14ノット何と北東の風だ! 南東の風しか吹かないからと言われて、ケアンズからブリスベンへ南下してきたのに、北東の風が吹くのだったらケアンズからヌメアを目指したほうがよかったのに。他のヨット仲間にヌメアで聞いたところ、この北東の風は5年に一度位しか吹かない珍しいことだと言っていた。そのため、私のほうは終始真上り、タックの連続、殆ど前に進まない。仕方がなく機帆走6ノットキープくらいを目安に、途中2,3日20ノットオーバーの風が吹き、少し時化たが波のほうもあまり大きくならず、4〜5m位で、時たま特大がくる程度だで、何とか6月3日午前8:30分にニューカレの入り口「アメデ灯台」が見えてきた。今は引き潮から1時間程過ぎた所で、Passeの両脇のリーフが顔を出しはじめていて、物凄い白波が泡立っている。GPSが合っているかどうか少し不安はあるが、アメデ灯台を50゜に見る位置から突っ込んだ! チャネルの幅は300〜400m周りは一面リーフで白く泡立ち、色が変わっている。大きなウネリで押し込まれるように中に入っていく。「オー!!」GPSぴったりです。それにしても、いささか勇気が要る。リーフの外は水深1500m位からリーフの中30mにいきなり駆け上がっているため、大きなうねりになるのだが、それにしても「コワー」

ヌメア着

 ヌメアのポートモーゼルまで約30マイル程ある。CH16,CH67で交信するのだが、いくら呼びかけても応答がない。するといきなり日本語(女性)で「こちらホクト」「ホクトツー」私のたどたどしい和英語を聞いて、これは日本人だとすぐに分かったらしい。「今日は日曜日なのでオフィスは休みです。」「ビジターポンツーン」へどうぞ。!!」と言う。どうぞ「風来坊?」あわてて私は「こちら風来末」「こちらはフウライバツ」「ボウではなくバツです」OK了解と「風来末OK!」の返事、ポートモーゼルのビジターポンツーン目指して入港。さすがにヨットやボートの数も多くさまざまの船と行き交うが狭い港口にも拘わらずオーストラリアの人と同じまったくといって良い程航行ルールを守る様子はなく、右だろうが左だろうが直前で好きな様に走り、こちらが躱さない限り避けようとはしない。そんな訳で3,4隻をジグザグに避け、ビジターバースへと私が入るのを見て周りのヨッティ2,3人が素早く舫を取ってくれる。もう午後の1時過ぎだった。


 6月4日(月)朝8:30オフィスに出向き各手続き用紙に記入、もちろんフランス語でヨー。話なんか殆ど分からない??? 私のほうは英語の書類を渡して「ニッコリ」笑顔で微笑むのみ。それでもスタッフのお姉さん、笑いながらフランス語の書類に書き写してくれている。1ヶ月の停泊料金43,000PF。1万円を両替すると6,666.1PFだから、日本円で約64,000くらいになりそーかな? 10時にはクアランティとカスタム、イミグレとそれぞれの係官がやって来た。1時間ほどでOK!を貰いひとまずビールを飲んで昼寝。午後3時頃ポンツーン内をウロウロしていたらチャーターバースに「北斗U」と銘打ったデュホーの43の新艇を発見[ん!」これだと思い船を手入れしていた人に声をかけるとやはり昨日の無線の相手の方だった。早速色んな話に花が咲き今度の土曜に自宅にランチでもと誘われ楽しみだ。翌日どうも冷蔵庫がおかしい、色々触っては見たが分からない。電源が入ったり切れたりと一向に冷えない。ファーストマリーンの関口さんからヌメアのベネトウ代理店の社長を紹介して貰っていたので、早速訪ねてみる事にした。
マリーナから徒歩で10分位のところでマリンショプとダイバー用品や釣具も扱っている店でヌメアに2軒あるマリンショッフの一つで、殆ど用品販売の店らしい。(MARIN CORAL) 
上記社長の紹介でもう一軒のマリンショプ、ここは、船の修理やハード面が専門で、毎日のようにスタッフ2〜3人がマリーナに居て、どこかの船の修理をしていた。「Ship Shop Servic」という、やはり歩いて6,7分のところにありとても便利だ。早速見て貰うと冷蔵庫の「制御パネルが駄目になっていて修理より取り替えたほうがいいよ!」とのことで店の方に帰って持ってくるからと10分もすると部品を持ってきた。さすがフランス圏、ベネトウ社の船の部品は概ね揃うらしい? 部品代25,000PF手数代5,600PFだった。土曜のAM10時に北斗の堀照子さんが車で迎えに来てくれ、友達の松本さんという女性(71歳)も迎えに行き、マリーナから30分位離れたゴルフ場内の住宅地(高級)にお宅があった。何でも、ゴルフはいつでもタダ!!で、自宅の車庫からカートに乗ってゴルフに行くそうだ。ゴルフ好きにとっては夢のような話だ。お昼はご主人も仕事から帰ってきて下さり、海鮮バーベキューをご馳走になった。堀さん夫婦は32年前日本から太平洋を渡りアメリカから南下、ガラパゴスを経て南太平洋を西進し子供ができたため、ニューカレドニアで生んだ。そして、そのまま住み着き永住、そして起業して今ではSOUTH PACIFIC TOURSと言う観光会社を経営する成功者である。お店はアンスバタのメイン通りにありニューカレドニアの日本人旅行者なら大体お世話になっているだろう。
作家森村桂が日本に紹介した「天国に一番近い島」と書いた、ニューカレドニア。もちろん、天日に一番近い島は。イル.デ.パンのことで、ヌメアのある本島ではない。だか、かっては日本人もニッケル採掘のため明治の頃移民してきたらしいのだ。ここに住んでいる日系の人、゛どこから見ても日本人にしか見えないのだが、もう5世位まだ進んでいてまったく日本語は話せない。マリーナの傍にある朝市の中にも野菜農家の人やら豆腐を売っている人達は割合に日系人が多い。海はキレイなのはキレイなのだが、マリーナ内はとても「キタナイ」悪臭を放ち、まるでドブだ。街の中も「キタナイ」至る所にゴミ、空き缶、ビニールタバコの吸殻、汚物の臭い、汚物の溜まった歩道の側溝、どこに行ってもほのかに臭う悪臭。街のシンボルである。セントジョセフ大聖堂の壊れて針の無い時計棟、エコティエ広場の壊れた噴水、それと至る所に書かれた落書き。スプレーによるものだ。道路標識にまで書かれている。落書きの無い壁を見つけるのはとても難しい。? お!! ここの壁はキレイだと思ってみると、警察の建物だった。いくらフランス人が世界人種なのかでも清潔感が薄いと言ってもあんまりだ。観光地だと思うのだが、今に来国するする人が減ってくることだろー!。それでも毎日日本の新婚さんがたくさんやってくる。私の船にも3組の新婚さんが遊びに来た。私が日本からヨットでやって来たことをとっても愕いていた。1ヶ月が過ぎそろそろ出港しなければと思うが、なかなか天気がよくならない。毎日強い風が吹き続く。今日も何艇か朝出港して行ったが、みんな引き返してきた。外は大時化とのことだった。4,5日伸ばして7月3日出港予定として今は準備に毎日忙しい。驚くのはバッテリー液だ。陸電をつけると半日もすればバッテリ5個に6リットルは使うほど減るのだ。出港して以来もうすでに86リットルも使っている。やはりマリーナ(ポンツーン)へ舫う事が多いからかなー?

ホームへ戻る    ページトップへ戻る